ヴェネツィアにある仮設の橋

4 August 2021

ヴェネツィアでは1577年から毎年、仮設の通路が運河の上にかけられます。有名な祭りのシンボルであるレデントーレ教会に、人々が徒歩で行けるようにするためです。 レデントーレ教会に行くために、ジュデッカの運河を徒歩で渡ることが出来るこの橋の通路は、16世紀からヴェネツィア人にとって、現在も宗教的にも、そして社会的にも大事な価値を持っています。

この通路の構造は、長い間に様々な変化を遂げてきましたが、最も重要な機能は決して変わりませんでした。即ち、疫病から同じように損害を受けたヴェネツィアの二つの場所を繋げる「浮かぶ」きずなであるということです。

橋の進化:440年以上も続く伝統の更新

1577年に最初に造られた橋は本当の橋ではなく、ザッテレ地区(ヴェネツィア本島)から、レデントーレ教会の建設が始まったザッテレ地区の反対側(すなわちジュデッカ島)に行くために、いくつもの船を並べてつくられた橋でした。その最初の船の橋は、2年間の疫病の終息を祝うために、ジュデッカ島へ行列、練り歩きができるように、ヴェネツィア人が造ったもので、444年後もレデントーレ祭で欠かせないものなのです。

この仮設の橋の構造は、長年にわたり変わってきました。かつては船を並べたものでしたが、その後、木製と鋼の柱を組み立てたもので造られたイギリスの「ベイリー橋」というものになりました。「ベイリー橋」は第二次世界大戦後に連合国から放棄され、イタリア軍によって買収されました。その買収から50年間、レデントーレ祭の際に軍事演習としてジュデッカ運河上に組み立てられました。

その橋が「戦争遺跡」と指定された2002年から、橋は現在の「浮かぶ」タイプに変更されました。新しい橋を造るのは、インスラという会社が担当することになりました。この会社は、同じ2002年に、古い橋の代わりとして、より柔軟な素材でつくる新しい橋を提案し、これは革新的で機能的な新しい橋のバージョンとして市議会から受け入れられました。現在もこの仮設の橋は、同じ会社によって組み立てられています。

 

船で造った橋: レデントーレ祭の時だけではないヴェネツィアの伝統

このタイプの橋はレデントーレ祭の時だけではなく、他の祭りの際にも使われています。実際に、毎年の11月21日「マドンナ・デラ・サルーテ祭」の際にも、参拝者や市民が行列、練り歩きをしてカナル・グランデを渡るために、この仮設の橋は組み立てられます。

その他、「ヴェネツィア・マラソン」の際も数年前から、この浮かぶ構造を使って170メートルの橋が造られています。これにより、マラソンの走者がカナル・グランデを渡って、サン・マルコ広場に着くことができます。

市民がヴェネツィアの運河を渡るために造られてきた船の橋は、伝統的には欄干(らんかん・橋のてすりの部分)がなく、船を並べただけの構造でした。しかし、安全性が低い構造で、19世紀にいくつかの死亡事故が発生したため、この橋の作り方を変えることに決まりました。

この橋が造られるその他の機会は、万霊祭(イタリアに11月2日)の時です。その際に、この橋のお陰で、市民がフォンダメンタ・ノーヴェ(ヴェネツィア本島)からサン・ミケーレ島にある墓地に行くことが出来ます。2019年にもヴェネツィア市はこの祭りを開催することを強く望みましたが、この伝統は去年の新型コロナウイルスの影響で中止されてしまいました。

 

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